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十一月の写真
姪の七五三の写真が、義姉から届いた。赤い着物で、髪に飾りをつけて、少し不機嫌そうな顔をしている。三歳のときの写真より、目が母親に似てきた。写真の下に、文が三行あった。一行目は近況、二行目は写真の説明。三行目に、こう書いてあった。有希ちゃんも、こういうの、いいなって思う日が来るといいね。
私は写真を保存して、返信の下書きを開いた。開いて、閉じた。義姉に悪気がないことは、知っている。悪気がないから、返しにくい。悪気のある言葉なら、返す言葉がある。悪気のない言葉には、返す言葉がない。
私は、二十九のときに決めた。決めたときのことを、誰にも説明していない。説明すると、理由の話になる。理由の話になると、理由の妥当性の話になる。妥当性を審査される場に、自分から立つ必要はない。
翌週、松江に宿を取った。理由は書かなかった。手帳にも、誰にも。
大橋北詰
松江の駅から、バスに乗った。十分ほどで、大橋北詰という停留所に着いた。橋の名前が、そのまま停留所の名前になっている。降りて、川を見た。川ではなく、宍道湖から流れ出る水路だと後で知った。水の色が、東京の川と違う。濁っているのではなく、白い。空の色が入っているのだと思う。思っただけで、確かめていない。
そこから、二、三分歩いた。宿は、明治二十一年の創業だという。十九室。通された部屋の窓から、庭が見えた。庭の向こうに、湖があった。
名前のない草
夕方まで、部屋にいた。庭に、草が生えている。手入れはされているが、整えすぎてはいない。生えていていいものと、抜くものが、決まっているらしい。そのうちのひとつが、気になった。地面すれすれに広がって、小さい葉が対になってついている。花はない。十一月だから、終わったのかもしれない。
名前を知らない。調べれば分かる。写真を撮って、検索すればいい。撮らなかった。名前が分かると、それはその名前のものになる。名前のものになると、他のものと比べられる。よくある草か、珍しい草か。名前をつけないままにしておけるものが、この庭にはいくつもあった。
庭に、宿の客らしい男がひとり出ていた。地味な上着で、片手に黒い手帳。立ち止まって、庭のどこかを見て、手帳に何か書く。写真は、撮らない。撮らずに、書いて、また見る。私はその人のことも、庭の草と同じように、名前を知らないままにしておいた。

夕食は、部屋に運ばれた。鯛めしが出た。松江藩主ゆかりのものだと聞いた。ゆかり、という言い方は、正確なところを言わずに済ませる便利な言葉だと思った。出汁をかけて食べる。白身の上に、卵の黄身と白身を分けたものと、薬味が乗っている。給仕の方が、食べ方を説明してくださった。説明があってよかった。知らずに食べて、あとで違うと知るのは、少し嫌だ。
湖の面
夜、部屋の風呂に入った。温泉が引いてある。加水があると書いてあった。書いてあることを、隠していない。窓を少し開けると、水の匂いがした。湖の匂いなのか、庭の土なのか、分からなかった。分からないものが二つあって、どちらかを決めなくてよかった。
湯から出て、窓辺に座った。庭の灯りが、水面に落ちていた。落ちた灯りが、風で少し動いた。義姉の三行目を、また思い出した。思い出して、腹は立たなかった。腹が立たないことに、少し驚いた。以前は立っていた。三年前は、立っていた。立たなくなったのは、私が変わったからか、それとも、諦めが上手くなったからか。どちらかを決める必要は、たぶん、ない。

調べなかった
朝食は、庭に面した茶寮でとった。窓の外に、昨日の草があった。朝の光では、葉の色が違って見えた。
十一時に発った。バスで松江駅まで戻る途中、大橋を渡った。橋の上から、湖の方角が見えた。朝より水面が明るかった。
駅で、義姉に返信を書いた。写真をありがとう、と書いた。着物、似合っていました、とも書いた。三行目のことには、触れなかった。送信して、携帯をしまった。しまってから、あの草の名前を、やはり調べなかったな、と思った。調べないでおけるものが、私にはまだ、いくつもある。
