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北海道の頁
時刻表を持ち歩くようになって、四年になる。読むだけで、従わない。それが私の読み方だった。八月の初め、居間で頁をめくっていて、手が止まった。北海道の頁だった。
四十二年勤めて、私は北海道へ行ったことがない。出張は東と北にあったが、北とは東北のことだった。青森より先へは、行かなかった。理由はない。用がなかった、というだけだ。用がないと行かない。それが会社員というものの、行動範囲の作られ方だった。用がなくなって、四年が経つ。
四年、私はどこへ行っただろうか。四国へ行った。信州へ行った。伊豆にも。いずれも、時刻表で読んでいた場所だ。読んでいたから、行った。北海道は、読んでいたのに、行っていない。読み方が違ったのかもしれない。北海道の頁は、私にとって、行く場所の一覧ではなく、遠さの一覧だった。
宿を探した。阿寒湖という湖のほとりに、一軒あった。二十五室で、全部の部屋に露天風呂が付いているという。料金を見た。安くはない。安くはないが、行かない理由にはならなかった。七十一である。あと何回、こういう旅ができるか。数えかけて、やめた。
五日前
予約のときに、送迎について書いてあった。有料。週に三往復。五日前までの完全予約制。週に三往復。私は、その一行を二度読んだ。一日三往復ではない。週に、である。時刻表を四年読んできた人間として、週三往復という数字の意味は分かる。それは、その路線が「あるにはある」という状態だ。
五日前までに、電話をした。正確には、六日前にかけた。一日早い。一日早くかけるのは、私の癖である。先方は、承りました、とおっしゃった。
六十分
釧路の空港から、車で六十分だという。送迎の便に間に合ったので、それに乗った。窓の外に、まっすぐな道が続いた。本州の道は、曲がる。山があり、川があり、家がある。北海道の道は、曲がらない理由が分かるほど、何もなかった。何もない、と書くと失礼かもしれない。木はある。草もある。人の家が、少ない。

途中で、一度だけ鹿を見た。道の左手に、若い鹿が一頭立っていて、車が通り過ぎるまで動かなかった。運転手の方が、この時期は多いんですよ、と言われた。多い、という言葉を、私は数として受け取った。何頭くらいですか、と聞きかけて、やめた。聞かなくてもいいことだった。
湖
宿は、湖のほとりにあった。部屋の露天風呂から、湖が見えた。八月の北海道は、思ったより涼しかった。湯に入っていると、顔だけが冷える。湖の面が、風で細かく波立っていた。波の立ち方が、海とは違う。海は寄せてくるが、湖は震えている。震えているだけで、どこへも行かない。
湯は、単純泉だと書いてあった。かけ流しではなく、加水しているという。書いてあることを、隠していない。隠していないのが、私には好ましかった。
料理茶屋
夕食は、料理茶屋という場所でとった。部屋でも取れるという。会席で、順に出てくる。隣の卓に、夫婦がいた。七十くらいだろうか。夫のほうが、料理の名前を一つずつ妻に確認していた。妻のほうは、そのたびに短く答えていた。答え方が、少し面倒そうだった。面倒そうだが、答えていた。四十四年、私にもそういう時間があった。いまも、ある。
妻は今回、来なかった。膝が悪いので、飛行機は控えたいという。控えたい、というのが本当の理由かどうかは、聞いていない。聞かないほうがいい問いというものが、長く一緒にいると増える。
料理茶屋のもう一方の隅に、ひとりで食べている男がいた。黒い手帳を膳の脇に置いて、箸の合間に短く書きつけている。連れはいない。私も、今夜は連れがいない。夫婦がひと組、ひとりがふたり。それだけの部屋で、私たちは静かに箸を動かしていた。
付箋
翌朝、もう一度湯に入った。湖の上に、霧が出ていた。八月でも出るらしい。朝の湖は、震えていなかった。風がないのだと思う。

十一時に発った。送迎の便が、その時間にあった。週三往復の、そのうちの一本である。週に三往復。その三往復に、私は間に合った。
釧路の空港で、搭乗まで一時間あった。売店の前のベンチに座って、時刻表を出した。北海道の頁を開いた。開いて、しばらく見ていた。見ていただけで、次の予定は書かなかった。書かないまま、付箋を一枚、その頁に挟んだ。挟んでおけば、また開く。開いたとき、行くかどうかを決めればいい。決めるのは、今日でなくていい。
