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丸のついたページ
母の四十九日から、五か月が経った。実家の片付けは、まだ半分残っている。急いでいない。急ぐ理由がないから、急がないだけだ。
輪ゴムの引き出しの奥から、古い旅行雑誌の切り抜きが出てきた。温泉地の特集ページに、母の字で丸がついていた。小浜温泉。長崎。行ったという話は、聞いたことがない。行きたかったのか、ただ丸をつけただけなのか。聞ける相手は、もういない。
相続の手続きには、思ったより金がかかる。今回は、控えめな宿にした。理由を誰かに説明する必要はない。説明を求められる前に、決めておけばいいだけの話だ。
のぞみ、かもめ
東京駅からのぞみに乗り、博多で在来線特急に、武雄温泉で新幹線かもめに乗り換える。三度目の乗り換えの頃には、窓の外の緑が濃くなっていた。
諫早駅から、バスに揺られた。五十分。バスの窓から、段々畑と海が交互に見えた。名前を知らない木が続いた。知らなくていい、と思った。

國崎
宿に着くと、貸切風呂が複数あると聞いた。無料で、時間を気にせず使えるという。誰かと入る順番を待つ必要がない、というのは、思っていたより気が楽だった。
廊下で、すれ違った男がいた。何を持っていたかは、よく見なかった。見なかった、というだけのことだ。名前も知らないし、知る必要もない人だった。
檜の貸切風呂に入った。木の匂いが強かった。母がここに来ていたら、何と言っただろうと考えかけて、やめた。考えても、答えは出ない。出ない答えを、探さないことにした。

会席
夕食は部屋に運ばれた。地元の魚介と、島原半島の野菜を使った会席だった。品数は多くなかったが、一つ一つに手間がかかっているのが分かった。
親戚から、相続の件でメールが来ていた。返事は明日でいい。今日、返す必要はない。返さない、と決めることが、今の私にできる唯一の返事だった。
丸をつけただけ
朝、もう一度貸切風呂に入った。夜より湯気が濃く見えた。
十一時前に発って、諫早駅までバスで戻った。新幹線を乗り継いで、東京へ戻った。
車内で、雑誌の切り抜きをもう一度見た。丸がついているだけで、何も書かれていない。行きたかった理由も、行けなかった理由も、書かれていない。
説明はしない。理由も書かない。丸をつけていた、それだけを持ち帰った。持ち帰ったものを、輪ゴムの引き出しに、他のものと一緒にしまった。捨てるかどうかは、まだ決めていない。
