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泊まりに来る
泊まりに来た、というのは私だけの言い方だった。
五月のお発ちで、四年続けてお見えの方が、また来ます、ではなく、東京に戻ります、とおっしゃった。玄関で、はい、お気をつけて、と申し上げた。声はいつも通りに出た。
見送ってから、三和土に立っていた。次のお着きまで四十分あった。その四十分で、私は下足箱の札を全部揃えた。もともと揃っていた。揃っているものを、端から順に揃え直していた。
予約の控えに住所を書き写すのが私の役で、いちばん多いのは東京である。区まで覚えてしまう。新宿区は、二月に三度あった。戻ります、とおっしゃった方の控えも、新宿区だった。
その新宿に、温泉旅館があると知った。湯は箱根から運んでくるという。控えに書き写してきた土地で、運ばれてきた湯に浸かる。
予約の画面を、三度開いて三度閉じた。住所の欄に、向瀧の住所を書くことになる。書けないわけではない。四度目に開いたとき、住所の欄を先に埋めて、それから日付を選んだ。
提灯の並んだ回廊を通って、玄関に着いた。作られたものだと分かっていても、足取りが遅くなった。
帳場で、控えの住所を読み上げられた。会津若松市東山町、と続いて、そこで終わった。宿の名は書いていない。何も言われずに、鍵を渡された。
運ばれた湯
部屋は小上がりで、靴を脱いで上がる形だった。畳の匂いがした。
露天は、ビルの高さのぶん、空が四角かった。肩まで沈めて、目を閉じた。十まで数えて、目を開けた。もう一度閉じて、今度は数えなかった。どこかで換気の音がしていた。止まって、しばらくして、また回りはじめた。
上がって、脱衣所の時計を見た。三十八分入っていた。うちのお客さまの、だいたい倍である。
籠に浴衣をたたんで入れた。たたむ必要はない。隣の籠が乱れていた。手を伸ばして、そのままにした。
仕事の目
夕食は、和食のレストランだった。
給仕の所作を、つい目で追ってしまう。膳を置く角度、器を引く順番。うちとは違う型だったが、崩れてはいなかった。
器を引かれるとき、私は膳の上を少し整えてから手を離した。整える必要のない膳だった。手のほうが先に動いた。
奥の席に、外国から来たらしい客がいた。箸が三度すべった。給仕は三度とも待って、三度目のあとで、持ち方をひとつだけ手で示した。
朝
朝は、湯より先に回廊を歩いた。提灯は、夜より暗く見えた。
回廊の途中で、提灯の紐が一つ、結び直された。男が一人、結んでから、指で長さを揃えた。私は、その手つきを見ていた。
それから湯に入り、上がってエレベーターを少し待った。
朝食の膳が来た。置いて、給仕の人は下がった。私は膳の前で、少し手を持て余した。持て余したまま、いただきます、と言った。出汁の色が、うちのより濃い。椀を空にした。
膳を下げにみえた方が、お帰りはいつごろになさいますか、と聞いた。
廊下を渡れば部屋がある、とは申し上げられない。その方は盆を持ったまま、待っておいでだった。
午後の電車で、と申し上げた。会津の名は出さなかった。
帰り
会津に戻って、三和土に立った。下足箱の札は揃っていた。端から順に見て、それで済ませた。
繕い物をひとつ直した。
直してから帳場へ寄って、来月の勤めの表を見た。続けて二日、空いているところがあった。鉛筆で、自分の名前を書いた。消しゴムは、机に置いたままにした。
