宿と小説の読みもの、余白
RECORD № 111

運ばれた湯

客を情報ではなく、顔で記憶する技術

五ヶ月前に一度お泊まりになった方の顔は、憶えている。前と何が違うかも、だいたい言える。記録は見ない。宿には宿の合理があって、それは都会のものとは別の原理で回っている。

千鶴という語り手について →

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泊まりに来る

泊まりに来た、というのは私だけの言い方だった。

五月のお発ちで、四年続けてお見えの方が、また来ます、ではなく、東京に戻ります、とおっしゃった。玄関で、はい、お気をつけて、と申し上げた。声はいつも通りに出た。

見送ってから、三和土に立っていた。次のお着きまで四十分あった。その四十分で、私は下足箱の札を全部揃えた。もともと揃っていた。揃っているものを、端から順に揃え直していた。

予約の控えに住所を書き写すのが私の役で、いちばん多いのは東京である。区まで覚えてしまう。新宿区は、二月に三度あった。戻ります、とおっしゃった方の控えも、新宿区だった。

その新宿に、温泉旅館があると知った。湯は箱根から運んでくるという。控えに書き写してきた土地で、運ばれてきた湯に浸かる。

予約の画面を、三度開いて三度閉じた。住所の欄に、向瀧の住所を書くことになる。書けないわけではない。四度目に開いたとき、住所の欄を先に埋めて、それから日付を選んだ。

提灯の並んだ回廊を通って、玄関に着いた。作られたものだと分かっていても、足取りが遅くなった。

帳場で、控えの住所を読み上げられた。会津若松市東山町、と続いて、そこで終わった。宿の名は書いていない。何も言われずに、鍵を渡された。

運ばれた湯

部屋は小上がりで、靴を脱いで上がる形だった。畳の匂いがした。

露天は、ビルの高さのぶん、空が四角かった。肩まで沈めて、目を閉じた。十まで数えて、目を開けた。もう一度閉じて、今度は数えなかった。どこかで換気の音がしていた。止まって、しばらくして、また回りはじめた。

上がって、脱衣所の時計を見た。三十八分入っていた。うちのお客さまの、だいたい倍である。

籠に浴衣をたたんで入れた。たたむ必要はない。隣の籠が乱れていた。手を伸ばして、そのままにした。

仕事の目

夕食は、和食のレストランだった。

給仕の所作を、つい目で追ってしまう。膳を置く角度、器を引く順番。うちとは違う型だったが、崩れてはいなかった。

器を引かれるとき、私は膳の上を少し整えてから手を離した。整える必要のない膳だった。手のほうが先に動いた。

奥の席に、外国から来たらしい客がいた。箸が三度すべった。給仕は三度とも待って、三度目のあとで、持ち方をひとつだけ手で示した。

朝は、湯より先に回廊を歩いた。提灯は、夜より暗く見えた。

回廊の途中で、提灯の紐が一つ、結び直された。男が一人、結んでから、指で長さを揃えた。私は、その手つきを見ていた。

それから湯に入り、上がってエレベーターを少し待った。

朝食の膳が来た。置いて、給仕の人は下がった。私は膳の前で、少し手を持て余した。持て余したまま、いただきます、と言った。出汁の色が、うちのより濃い。椀を空にした。

膳を下げにみえた方が、お帰りはいつごろになさいますか、と聞いた。

廊下を渡れば部屋がある、とは申し上げられない。その方は盆を持ったまま、待っておいでだった。

午後の電車で、と申し上げた。会津の名は出さなかった。

帰り

会津に戻って、三和土に立った。下足箱の札は揃っていた。端から順に見て、それで済ませた。

繕い物をひとつ直した。

直してから帳場へ寄って、来月の勤めの表を見た。続けて二日、空いているところがあった。鉛筆で、自分の名前を書いた。消しゴムは、机に置いたままにした。

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Field Notes

ONSEN RYOKAN YUEN SHINJUKU(温泉旅館 由縁 新宿)

Overview

東京都
Region
東京都新宿区新宿(新宿・中野・杉並・吉祥寺)
Access
新宿駅から徒歩圏内(甲州街道沿いの宿場町跡地)
Price
予約サイトで確かめた二万円台前半〜(1名1室・素泊まり) 公開の情報から中価格帯(Reluxの1名1室・素泊まりで二万円台前半〜。館内工事中につき20%OFFの素泊まりプランも二万円台半ばで並ぶが、基本プランのほうが安い)

Facility

Room
大人1名・1室の検索で部屋7件・プラン1件(2名の検索も部屋7件・プラン1件で完全に同数)。実測時は館内工事中のため素泊まりプランのみ表示
Meal
実測時は素泊まりのみ。他OTA照合により通常時は朝食付き・朝夕食付きも常設と確認

宿タイプ

  • 温泉旅館
  • 都市型
  • コンセプト宿

向いている人間

  • 地方から東京へ泊まりに来る一人客(1名でも部屋7件が表示される)
  • 都心にいながら温泉旅館の様式を味わいたい人
  • 和食料理人による本格的な朝食を求める人

向いていない人間

  • 食事の選択肢を広げたい人(実測時は素泊まりのみ、工事終了後は要確認)
  • 静けさそのものを求める人(新宿の市街地、エレベーター混雑の指摘あり)
  • 地方の一軒宿の広さを求める人(客室は12〜20平米とコンパクト)

予約前の注意事項

実測時点は館内工事中で素泊まりプランのみの表示だった。他OTAの常設プラン一覧では朝食付き・朝夕食付きも通常提供されているが、Reluxでの実際の件数・1名可否は工事終了後の再実測が必要。料金は変動する。

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