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デビューの方ぁ
自炊部湯治屋デビューの方ぁ、とプランの名前にあった。その下に、自炊部湯治屋ベテランの方へ、というのもある。
宿が、客を二つに分けて呼んでいる。
私は、お客さまを呼び分けない。お着きになる方は、みなお客さまである。十月のはじめに、二日つづけて休みをいただいた。その前の晩に、岩手の自炊の宿の頁をひらいた。
布団付
一名にして、十四件出た。二名にしても十四件で、数は同じだが、出てくるものが入れ替わる。一名のときにだけ並ぶものがあり、二名のときにだけ並ぶものがある。
部屋は一種類しかない。自炊部湯治屋、和室六畳から八畳、バスなしトイレなし、とどの件にも同じ字で付いている。
名前を順に読んだ。ひっつみ定食に布団付、やはぎ定食に布団付、朝食だけのもの、食事の付かないもの、それから岩手牛を喰らふ、と書いてあるものまであって、どれも、何が付いてくるかを名前のところで言い切ってしまっている。
布団が付く、と名前のほうに書いてある。
私は、布団の話を先にしない。お着きになってから、敷きに行く。
食事の付かないものが二通りあった。四千七百四十円と、八千八百八十円。高いほうの名前の頭に、わりまし、ひとりたび、と平仮名で付いている。
理由はいくつか思った。どれも、宿が書いていないことだった。
安いほうを取った。
空の冷蔵庫
花巻の駅からバスに二十六分乗って、大沢温泉で降りて、三分歩いた。
現地ではカードが使えないと欄にあったので、財布に紙幣を入れてきた。アメニティの欄は上から下まで、なし、で並んでいたので、手拭いと歯磨きと、家でいちばん小さい片手鍋も鞄に入れてきた。
部屋にはテレビと冷蔵庫があった。予約の頁は、空の冷蔵庫、と書いている。ひらくと、そのとおりだった。

露天は時間で交代する形で、貸切はできないと欄にある。湯口から落ちる音が絶えない。落ちる音のあいだに、誰かが上がって、誰かが入る。
湯加減はいかがですか、と言いそうになって、やめた。訊く相手がいない。

乾燥室は有料だと施設の欄にあったのを思い出して、濡れた手拭いは窓の桟に掛けた。
十円
炊事場へ行った。ガスは硬貨を入れて使う形になっている。十円で七、八分、と予約の頁の写真に添えてあった。ただし個体差があります、とそのあとに続けて書いてあった。
十円を入れた。
青い火が回って、鍋の底が鳴りはじめるまで、私は立っていた。うちでは、沸いたころに呼ばれる。沸くまでのあいだを見たのは、久しぶりだった。
七分は、思っていたより長い。取っ手が温くなり、縁のあたりで湯が細かく鳴り、鳴りかたが変わって、それから湯気が真っ直ぐ立った。
火は、消えるほうが急だった。
流しの端に、十円玉が四枚、縦に積んであった。私が鍋を持ち上げたところへ男の人が戻ってきて、いちばん上の一枚だけを取った。三枚は置いたままだった。爪が短い。指の腹に、柄の跡が横に一本ついている。
東山
十時前に発った。バスは、来た道を戻った。
会津へ帰って、次の日から、いつもの時刻にお着きを迎えた。
夕方、川向きの部屋の布団を敷いた。襟の折り返しを直した。手を離して、もう一度、同じところへ置いた。
