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欄干の三本目
雨の音で目が覚める朝は、あがる雨か居座る雨か、布団の中でおおよそ見当をつける。今朝のは、昼までにあがる降り方だった。私は六時に起きて洗濯機を回し、先週漬けた梅の甕の重石を確かめてから家を出る。通いの仲居の朝は、宿の朝より一足早い。
角の家の犬が、小屋から鼻先だけ出してこちらを見た。白い雑種で、名前は知らない。知らないまま私のほうで勝手にシロと呼んで、もう四年になる。雨の日のシロは外へ出ない。賢いと思う。
温泉街の通りは濡れて、よその塀から紫陽花が道へ垂れていた。湯川の音は、家を出たときから聞こえている。梅雨の終わりの川は水嵩が増して、音の粒が細かく、途切れる間がない。橋にかかる。宿は川の向こう岸に建っていて、私は毎朝この橋を渡って勤めに入る。
いつからか、欄干の三本目のあたりで顔が変わる。鏡で確かめたことはないけれど、変わるのは自分で分かる。家の顔をこちらの岸に置いて、宿の顔で渡り切る。誰に教わったのでもない。長く勤めていると、そうなる。
渡りながら、今日のお着きを頭に並べた。八組、十七名様。三年続けてお見えのご夫婦がひと組。予約の紙でお名前を目にしたとき、お顔のほうが先に浮かんだ。あとの七組は初めてのお名前で、お顔はまだ無い。今日の夕方に付く。雨が昼にあがるなら、川向きのお部屋は窓を少し開けてお迎えしよう。増えた川の音を、閉て切った窓越しに聞かせるのは惜しい。
湯の満ちるあいだ
朝の膳を下げ、お発ちを見送ってしまうと、九時半には全部の浴槽の栓が抜かれる。うちの湯は毎日、全部落とす。空にして磨いて、源泉からまた溜め直す。循環の機械は使っていないから、湧いてくる分だけで満ちるのを待つほかない。溜まり切るのは昼を回って二時半ごろ。そのあいだ、お風呂は使えない。もったいない、と仰るお客さまもある。もったいない使い方のできる湯だから続いてきたのだと、私は思っている。
お発ちのあとのお部屋は、二十四とも形が違うぶん、掃除の順も違う。窓を開ける向き、布団をたたむ場所、箒の入れにくい隅。頭より先に手が動くようになるまで、私は三年かかった。布団を上げると、畳に寝姿の跡が薄く残っていることがある。よく眠れたお部屋の跡は、形がゆるい。確かめるのは仕事のうちに入っていないが、確かめてしまう。
湯が満ちるのを待つ何時間かは、針仕事の時間になる。今日は浴衣の裾のほつれが二枚に、座布団カバーが一枚。帳場の奥で針を持っていても、川の音は届く。座布団の綿は機械で乾かすより日に干したほうが戻りがいいけれど、この時季は日が無い。梅雨のあいだの綿は重い。重いなりに打ち直して使う。
ついでに自分の足袋も繕った。左の踵だけ先に薄くなる。歩き方のどこかが曲がっているのだろうが、長年使ってきた足だから、いまさら聞いても直るまい。
二時前に浴場を覗くと、湯は縁の一寸下まで来ていた。源泉の湧く速さは、こちらの都合では変えられない。窓を細く開けて湯気を逃がす。溜まったばかりの湯は澄んで、底の木目まで見えた。この湯の一番先に浸かるのは、今日お着きのお客さまになる。
お着き

三時、玄関の戸を開ける。八組のお顔が、夕方までに順に付いていく。
お着きは三時から五時半までとお願いしている。夕食の支度と湯の刻限から逆に数えると、そこしか無い。狭いと仰る方もあるが、狭いなりの理由のある狭さだ。お着きのお客さまには、お部屋で先にお茶を一服差し上げる。茶を淹れるあいだの沈黙で、その方の旅の疲れ具合が、だいたい分かる。
一番のお着きは三年目のご夫婦だった。「また覚えていてくださったのね」と、奥さまが上がり框で仰る。中庭向きの八畳。お部屋の好みは、伺うより先に覚えてしまう。女将さんはそれを宿の看板だと言うけれど、看板のつもりで覚えたことは一度も無い。先に覚えてしまうだけだ。
玄関の前で建物を見上げて、写真をお撮りになる方は多い。旅館では日本で初めての登録有形文化財だと、聞かれればお答えする。平成八年からだから、私の勤めのほうが少しだけ古い。
五時前に、お一人さまのお着きがあった。傘を持たず、肩の濡れをそのままにした方だった。覚えのないお顔なのに、覚えたくなるお顔をしておいでだった。目元に疲れが出ているのに、疲れの出方が乱れていない。お顔はそれで付いた。お仕事のほうは見ない。見えても見ないのが決まりで、決めたのは私だ。
川向きの十畳へご案内した。二十四のお部屋は間取りがひとつずつ違うから、ご案内のたびに、そのお部屋の癖をひとつお伝えする。この部屋なら窓の桟の立て付けと、増水の晩は川音が近いこと。お客さまは窓の外へ顔を向けたまま、短くうなずかれた。
部屋出し
板場が鯉を煮る匂いは、夕方の廊下の匂いでもある。お献立の真ん中は鯉の甘煮と決まっていて、海のものは使わない。エビもカニもマグロも、お品書きには最初から無い。海から遠い盆地の宿が、遠いなりの膳を張ってきた。申し訳なく思ったことは一度も無い。
六時、部屋出しが始まる。膳の上は板場が組み、運ぶ前に私たちが確かめる。ご飯は左、汁は右、甘煮の鉢は真ん中。八組ぶんの膳を、階段の上と下へ順を狂わせずに運ぶ。二十四のお部屋は襖の重さも廊下の曲がりもひとつずつ違うから、膳を持つ手の構えもお部屋ごとに変わる。頭で考えてはいない。足が覚えている。

川向きの十畳では、お客さまが窓を背にして座っておいでだった。膳を置くと、鞄から小さな手帳を出して、何かを短くお書きになった。書き終えてから、箸をお取りになる。手帳に何をお書きになるのかは、見ない。
海のお刺身は無いのかと、膳を置いたところで聞かれることが、ひと月にいくどかある。鯉は川の魚で、うちは川の宿でございますとお答えする。ひと口目のあとは、たいていのお客さまが何も仰らなくなる。
下げに伺うと、甘煮の鉢には骨だけが行儀よく残っていた。鯉は召し上がり慣れないお箸の運びだったのに、と思い、思ったことは顔に出さずに膳を引いた。箸の進んだ膳を下げるときは、盆が軽い。目方の話ではない。
膳を引いたあとは、布団を敷いて回る。布団の位置もお部屋ごとに決まっていて、川向きの十畳は枕が川側になる。水の音を頭のほうで聞くほうが、よく眠れるお部屋だからだ。八組ぶんを敷き終えるころには、指の節が湯を欲しがっている。仲居の一日は、湯の宿に居ながら、湯から一番遠い。
最後の膳を下げて、帳場で明日のお着きを確かめた。ついでに七月あたままで頁を繰る。六月の終わりに毎年お見えだったお名前が、今年はどの頁にも無かった。紫陽花の時季に竹垣向きへお泊まりの、耳の遠いお母さまと娘さんのお二人連れ。三年続いて、今年が四年目のはずだった。帳面を閉じ、冷めた茶を流して湯呑みを洗った。川の音は、夜のほうがよく通る。
お発ちの朝
明くる朝は、雨があがっていた。水嵩はまだ落ちないけれど、音の底が少し軽い。昨日打ち直した座布団の綿を、今日こそ日に当てられる。朝の膳を八組へ運び、下げて、十時前から順にお発ちが始まる。
玄関で靴をお出しする。爪先は戸のほうへ。三年目のご夫婦は「また来年ね」と仰った。来年のお顔は、もう付いている。
川向きのお客さまは、しまいから二番目にお発ちになった。上がり框で紐を結び、立ち上がって建物を一度だけ見上げ、それから橋のほうへ歩いて行かれた。橋の途中で一度立ち止まり、増えた水を覗いてから、渡り切られた。欄干の三本目のあたりで、あの方の顔も変わるのかどうか。それは私の知らないことだ。
見送りの頭を上げる。玄関へ戻って、最後のお一組の靴を、上がり框の真ん中へ揃え直した。
