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お姉さん
火曜の朝、母が私を「お姉さん」と呼んだ。二度目だった。一度目は五月。そのときは、寝起きだったから、と思うことにした。今回は昼前で、薬も飲んだあとだった。
お姉さん、これ、どこにやればいい。母は洗濯物のタオルを持っていた。畳んであるほうを、下にして持っている。そこでいいよ、と私は言った。声は普通に出た。出たと思う。母はタオルを置いて、テレビの前に座った。それで終わりだった。私は台所に戻って、水を出した。出したまま、しばらく出していた。
——でも、いい。
母は、私のことは分からなくても、タオルは畳める。畳めるほうが、いい。そういうふうに考える癖がついた。癖は、たぶん役に立っている。
ケアマネさんに電話をした。次のショートステイを、二泊で取ってあった。三泊に、できますか、と聞いた。聞いてから、口の中が乾いた。空いてますよ、と言われて、じゃあ二泊で、と言い直した。言い直した理由は、自分でも分からない。分からないまま、その晩、一泊の宿を取った。
送迎
木曜の朝、九時十分に、施設の車が来た。母は玄関で靴を履くのに時間がかかる。ヘルパーさんが待ってくれる。待ってくれているあいだ、私は母の背中を見ている。車が出て、角を曲がって、見えなくなった。見えなくなってから、家に戻って、鍵をかけた。
送迎、という言葉を、私は一日に何度も使う。母の送迎。デイの送迎。ショートの送迎。その日の午後、新幹線で新花巻へ向かった。宿からのメールにも、無料送迎バスがある、と書いてあった。送迎。同じ言葉なのに、片方は母を連れていき、片方は私を連れていく。
駅前で、車を待った。待っているあいだ、携帯を三回見た。着信はなかった。なかったことに、少しだけ、体がゆるんだ。ゆるんでから、ゆるんだ自分に気づいた。少し離れたところで、男がひとり、同じ車を待つように立っていた。膝にのせた鞄の上で、黒い手帳に何か書いている。連れはいない。私はいつも、親子連れを見るとすぐ目を逸らすのに、ひとりでいるその人からは、逸らさなくてよかった。
赤松
車は林の中へ入っていった。赤松だと聞いた。南部赤松、という言い方をするらしい。幹が、赤いというより、乾いた橙で、日の当たるところだけ、そう見える。窓を少し開けると、松の匂いがした。母の部屋の匂いとは、何ひとつ似ていない。似ていない、と思ったことに、また気づいた。私は何を見ても、母の部屋と比べている。

部屋に通されて、荷を置いた。夕食は部屋に運ばれてくるという。ツインとシングルの部屋を除いて、原則そうなのだそうだ。誰とも食べなくていい。そう聞いたとき、ありがとうございます、と言ってしまった。仲居さんは、少し笑って出ていった。
貸切
貸切の風呂が四つあると聞いて、そのうちのひとつを使った。札を裏返して入る。中には誰もいない。当たり前だが、確認した。湯は少しぬめりがあって、アルカリ性、pHが八・九だと書いてあった。数字はよく分からない。分からないが、肌の上で、水がすぐには流れないのが分かった。
湯に入ってから、時計を見ていないことに気づいた。いつもは見る。母の薬の時間、デイの帰り、シフトの終わり。時間を二つ持って生きている。自分の時間と、母の時間。二つ持つのをやめると、片方だけになる。片方だけになると、軽い。軽いのが、怖かった。
湯から上がって、脱衣場で、携帯を見た。着信はなかった。なかった。
——でも、いい。

同じ木
朝、部屋の窓から林が見えた。夜のあいだに雨が降ったらしく、幹の色が濃くなっている。乾いた橙ではなく、赤に近い。同じ木なのに、と思った。それだけ思った。
朝食も部屋に来た。食べて、支度をして、十一時に出た。送迎バスに乗る。帰りの新幹線で施設に電話をすると、母は昨日、よく寝ましたよ、と言われた。そうですか、と私は言った。
そのあと、次の予約の話になった。三泊で、と私は言った。今度は、言い直さなかった。窓の外はもう、松ではなかった。
