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空いた時間
母が施設に入って、三か月が経った。正確には、三か月と九日。入所の日、私は荷物を置いて、書類を書いて、母の名前をタオルに書いた。名前を書いたのは、三年ぶりだった。前に書いたのは、ショートステイのときだ。油性ペンのインクが布に滲んで、名前が少し太くなる。今回も、太くなった。
三か月経って、家は静かになった。静かというより、音が減った。テレビの音、薬の袋の音、私を呼ぶ声。呼ばれなくなって、最初の二週間は、耳が呼ばれるのを待っていた。いまは待っていない。待っていないことに気づいたのが、先週だった。
面会は週に一度。土曜の午後。行くと母は、私を娘だと分かる日と、分からない日がある。分からない日でも、母は笑う。笑うのが、いちばん困る。
——でも、いい。
空いた時間の使い方を、私はまだ知らない。平日の夜が長い。土曜の午前が長い。日曜が丸ごと長い。長いのは、いいことのはずだ。その長さを、私はまだ持て余している。
六月の第一週、有給を取った。取ったあと、行き先を三日考えた。富山の、庄川という川沿いに、宿があった。泉質が二種類あると書いてあった。二種類。
砺波
砺波の駅から、タクシーで十五分だと聞いた。送迎バスもあるが、要予約とあった。予約する電話をかけるのに、二日かかった。かけたら、三十秒で済んだ。二日と三十秒の差が、私の中の何かを表している気がした。表しているだけで、私はそれを言葉にしない。
車は川沿いを走った。六月の川は、水が多い。雪解けの水がまだ残っているのだと、運転手さんが言った。言われて、水の色を見た。白っぽい緑だった。

二種類
宿は、二十一室だという。部屋に、露天がついていた。大浴場と、露天と、部屋の風呂。泉質が二種類あるというのは、そういう意味だった。ひとつは炭酸水素塩泉。もうひとつは炭酸鉄泉。
鉄。湯の色が、赤茶色だった。錆びた色に近い。入る前に、少し躊躇した。躊躇したことが、自分でも意外だった。入ると、匂いがした。血の匂いに似ている。似ているが、血ではない。鉄だ。母の部屋にも、鉄の匂いがしたことがある。転んで、額を切った日だ。大したことはなかった。二針縫って、翌週には抜いた。そのときの匂いを、私は覚えている。湯の中で、それを思い出した。思い出して、嫌ではなかった。嫌ではないことが、少し不思議だった。
手の甲
もうひとつの湯にも入った。こちらは無色で、肌が少し滑る。肩まで浸かって、手を湯から出した。手の甲が、乾いている。三年、消毒と手洗いを繰り返した。ヘルパーさんが来る前に整えて、来たあとに片付けて、そのあいだに何度も手を洗った。乾きは、いま治りかけている。治りかけているのに、皮膚の表面に、まだ細かい線が残っている。線を、湯の中で見た。見ていたら、時間が経っていた。どれくらいかは、分からない。時計を見なかった。見なかったのは、久しぶりだった。

夕食
夕食は会席だった。品数があって、順に出てくる。出てくる速さが、私にはちょうどよかった。速いと急かされる。遅いと、待つことになる。待つのは、慣れている。三年、待ってばかりいた。でも、今日は待たなくてよかった。
少し離れた席に、ひとりで食べている男がいた。膳の脇に黒い手帳を開いて、料理の合間に何か書いている。連れはいない。誰かの世話をする様子も、誰かを待つ様子もない。ただ、食べて、書いて、また食べる。私はしばらくその人を見て、それから、見るのをやめた。世話の要る人かどうかを測る癖が、まだ抜けない。
食べ終わって、部屋に戻った。携帯を見た。施設からの着信はなかった。なかった。三か月経っても、まだ確認している。
土曜
朝、もう一度鉄の湯に入った。朝の光で見ると、赤茶色が昨日より明るかった。同じ湯のはずだ。光が違うだけだ。
チェックアウトは十時だった。送迎バスで砺波の駅まで出て、電車を待った。ホームで、土曜の面会のことを考えた。今週は、行く。来週も、行く。その先のことは、決めていない。決めなくていいのだと思う。思ってから、そう思えたのが今日だったことに気づいた。土曜には、行く。それだけは、決めた。あとは、決めないでおく。
