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車が無い
先週、十一件走って、九件が置き配だった。誰にも会わなかった。四階まで上がって、袋を床に置いて、写真を撮って、降りた。降りながら、段を数えていた。四十二段。
家に着いて、自転車の鍵をかけたか分からなくなって、二度戻った。二度目は、かかっていた。
その晩に見た宿の写真が、赤褐色の湯だった。腕を入れると、入れたところから先が見えなくなると書いてあった。見えなくなる、というところで、指が止まった。あたしは十一件のうち九件で、誰にも見られていない。その晩のうちに押した。
祖母を誘うとき、初めて困った。駅から先、車が無いと着けない。
免許はあるが、何年も乗っていない。
調べると、駅から宿の送迎があった。一人からでも乗れると書いてある。電話で確かめた。二人でも大丈夫です、と言われた。
六分
北陸本線の河毛という駅で降りた。降りたのは、あたしと祖母、それに二人ほど。ホームに、傘立てがあった。傘は一本も入っていなかった。
送迎の車は、駅の外にすぐ停まっていた。六分か七分で着くと、運転手が言った。運転手は、祖母が乗り降りする段差の高さを、あたしより先に見ていた。

六分のあいだ、あたしは何もしなかった。信号が二つ。田が続いて、途中で切れて、また続いた。膝の上で、指だけが動いていた。ペダルを踏む形だった。四十二段の一件が何円だったかを、頭のほうが先に出した。手を膝の下に入れた。
祖母は、外を見ていた。あたしは、うん、と言った。それだけしか出なかった。
宿は、山あいに建っていた。赤褐色の湯が出るという。帳場の隅で、鞄が一度持ち上がって、また下りた。男が一人、手のひらで重さを量っているらしかった。あたしなら、提げた瞬間に分かる。
祖母が、色を見て、これで大丈夫なのか、と聞いた。大丈夫です、と仲居が答えた。
帳場で、お帰りの送迎は何時になさいますか、と聞かれた。
何時でもいい、と言おうとして、言わなかった。空いている時間から自分で選ぶのは、久しぶりだった。
九時、と言った。言ってから、十時にできますか、と聞いた。できます、と言われて、やっぱり九時で、と言い直した。仲居は帳面を二度書き直して、では九時にお迎えにあがります、と言った。
運ばれる
湯には先客が二人いた。赤褐色で、どこまで足が伸びているのか見えない。あたしは縁に腰かけて、膝を抱えたまま待った。一人が上がって、少ししてもう一人も上がった。
湯に、腕を入れた。肘から先が、赤茶色に消えた。感覚だけが、手首の先に残った。祖母も同じようにして、あら、と言った。

肩まで入って、湯の中で足を伸ばした。伸ばしきると、爪先が向かいの縁に当たった。当たったところで止めて、そのままでいた。
上がって、湯から出した腕が、肘の先までまた見えるようになるのを見ていた。
帰りも
朝、また送迎に乗った。運転手は、行きと同じ人だった。祖母が、行きも帰りも同じ人だと、少し嬉しそうに言った。
駅に着いて、祖母が、また車が無くても来られる、と言った。あたしは、うん、と答えた。
電車が来るまで、ホームの端まで歩いた。段が三段あった。数えてから、祖母の手を取って、先に上がった。
