宿と小説の読みもの、余白
RECORD № 087

橋のない島

成果の物差しを失った人間は、何を「大漁」と呼べばいいのか

数字で組織を率いて、定年より早く退いた。成果の物差しを返したあとの時間が、まだ身体に馴染まない。妻と話していると、報告の口調が出る。出てから気づく。

克彦という語り手について →

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十三回忌

法事は午前中に終わった。十三回忌だと、住職が言った。父が死んで十二年経った勘定になるらしい。十二年と十三回忌がずれる理由を、私は毎回忘れる。

案内状の宛名を書いた晩、父の同僚の一人のところで手が止まった。住所録の頁を後ろへめくり、前へ戻し、また後ろへめくった。三度めくって、その一枚は書かなかった。

返信は十一通で、九通が欠席だった。父の同僚の欄は、全部欠席だった。住職が帰ったあと、座布団を重ねた。十一枚あって、使ったのは五枚だった。重ねる手が、途中で止まった。

母と、竹原港からフェリーに乗ることにした。法事のついでである。

法事の日取りを決めるのに、三か月かけた。決めてしまえば、手帳のその一日だけが埋まって、前後は白い。

島には橋が無い。帰りの最終は十七時二十分である。私は帰りの便を三つ調べて、三つとも手帳に書いた。どれにも丸はつけなかった。

橋のない島

竹原駅から港までは、歩けば十八分だという。母には長いので、タクシーにした。フェリーは大崎上島まで二十五分。

「お父さんは船に酔ったことがない人だったの。私はいつも酔った」と母が言った。

待合の時刻表を、指が上から下へたどっていった。いちばん下まで行って、また上へ戻る。男が一人、それを二度繰り返した。私は自分の手帳の頁を、上着の上から押さえた。

自動販売機に、島でしか売っていないというサイダーがあった。買わなかった。

画像はイメージです

宿の送迎は要事前予約だと聞いていたので、法事の日取りが決まった時点で電話をしておいた。垂水港から十六分。

車に乗るとき、運転手が、お帰りの便は何時になさいますか、と聞いた。橋が無いので、そこだけ先に決めていただきます、と続いた。

私は手帳を出した。三つの便が並んでいて、どれにも丸がついていない。

運転手はエンジンをかけたまま、ハンドルに手を置いている。母は窓の外を見ている。手帳の三行を、私は上から順に二度読んだ。

十時二十分で、と母が言った。運転手は、承知しました、と答えて車を出した。私は手帳を閉じた。

瀬戸内の膳

夕食は大広間だった。卓と卓のあいだが広い。母は入口に近いほうがいいと言った。私も同じことを考えていた。

瀬戸内の魚介が出た。母は、父が魚を残さない人だったと言った。残さない人だった、という言い方に、私は少し引っかかったが、聞き返さなかった。

卓が広く、身を乗り出さないと声が届かない。箸を置いて、少し前へ出た。出たところで、母は次の皿に移っていた。

画像はイメージです

十二年

朝、露天風呂から瀬戸内海が見えた。母は湯に入らず、窓から海を見ていた。ガラスの向こうに背中があって、動かない。湯の中から、船が一隻通るのを見た。母もそれを目で追っていた。追い終わって、母は首を少し動かした。私は肩まで沈んで、耳まで湯に入れてみた。船の音は、聞こえなかった。

朝食はバイキングだった。母は皿に三品だけ取った。私は七品取って、二品残した。

垂水港の自動販売機で、行きに買わなかったサイダーを二本買った。一本を母に渡した。母は一口飲んで、甘い、と言い、半分残した。残った半分は、私が飲んだ。

帰りのフェリーで、母が、父の位牌の埃を、先週初めて自分で拭いた、と言った。今まで拭いていなかったのかと聞くと、拭いていた、でも今回は違う拭き方をした、と言った。違う拭き方が何かは、聞かなかった。

甲板に出て、手帳を開いた。三つ並んだ便の、十時二十分のところに丸をつけた。

竹原の港が近づいて、母が立ち上がった。私はまだ座っていた。残りの二つの便は、書いたまま残した。

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Field Notes

きのえ温泉 ホテル清風館

Overview

広島県
Region
広島県豊田郡大崎上島町(大崎上島・芸予諸島)
Access
竹原駅から竹原港まで徒歩約18分(タクシー推奨)、竹原港からフェリーで大崎上島・垂水港まで約25分、垂水港から宿の送迎車(要事前予約)で約16分。橋が無く、フェリーでのみ渡れる島。
Price
予約サイトで確かめた二万円台前半〜(1名1室・夕朝食付) 2名1室での実測一万円台後半〜(2名1室の1名分・夕朝食付) 公開の情報から中価格帯(1泊朝食付2名税込二万円台前半〜。夕朝食付プランはさらに高い)

Facility

Room
洋室ツイン(定員1〜2名)・和室12畳(定員1〜6名)ほか計5タイプ。総客室数55室(一休.com表記)
Meal
夕食は大広間または個室(プランによる)。朝食はバイキング

宿タイプ

  • 温泉旅館
  • 海辺の宿

向いている人間

  • 法事のあと、親と息抜きの一泊を挟みたい人
  • フェリーでの移動そのものを楽しめる人
  • 瀬戸内海の眺めを露天風呂から見たい人

向いていない人間

  • 車で直接乗り付けたい人(橋が無くフェリー必須)
  • 高齢の同行者の館内移動に不安がある人(バリアフリー設備は未確認)
  • 駅から公共交通のみで短時間で着きたい人

予約前の注意事項

橋が無く、フェリーでの移動が必須(竹原港から約25分)。館内のバリアフリー設備(エレベーター・段差対応等)は一休.com・じゃらん・公式サイトのいずれにも記載が見当たらず、確認できなかった。高齢の同行者がいる場合は、予約前に宿へ直接問い合わせることを推奨する。料金は変動する。

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