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遠征以外
遠征でしか会わなかった相手だった。会うたびに、現場の話しかしなかった。今回は、現場がない。
甲府に宿を取った、と個別に送ったら、行く、とだけ返ってきた。理由は聞かれなかった。俺も、理由は書かなかった。
十分
新宿から、あずさで一時間半。窓の外が山に変わるところで、写真を撮った。三枚撮って、一枚選んで送った。選ぶのに、また十分かかった。
気を遣わなくていい相手のはずだった。三枚撮って一枚選ぶのに十分かける相手は、たぶん、そうじゃない。そのことに、今になって気づいた。

名前を知らない
甲府駅の南口からバスに乗った。乗り込んできた男が、整理券を取ってすぐ、路線図を睨みはじめた。降りる停留所を、指でなぞって確かめていた。湯村温泉入口で降りた。宿までは一分だった。庭園に離れが点在していると聞いていた。俺たちが取ったのは、東館の和室だった。
通された部屋で、相手の顔をあらためて見た。住んでいる場所も、仕事も、俺は知らない。会ったのは遠征の現場だけで、それ以外の情報を、互いに聞かなかった。聞かなかったことに、理由はない。聞く機会がなかっただけだ。
供給の話以外
夕食は個室だった。会席が一皿ずつ運ばれてきた。今日は供給の話をしなかった。班のグルチャの話もしなかった。
何を話したか、あとで思い出そうとして、うまく思い出せなかった。話が続いたことだけは、覚えている。

大浴場に、庭に面した窓があった。湯気で少し曇っていたが、庭の欅が見えた。相手が、この木、大きいな、とだけ言った。俺は、うん、と答えた。それだけの会話が、なぜか長く残った。
一行
翌朝、発つ前に、また写真を撮った。庭の欅を、今度は一枚だけ撮って、すぐ送った。三枚撮らなかった。
選ばずに送れたことに、帰りのあずさの中で気づいた。気づいて、それが何を意味するのか、まだ分からなかった。
