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十日
後輪の左の肩が、平らになっている。
しゃがんで、指を当てた。右はまだ溝が立っている。押し出すのが左足だから、そっちだけ先に減る。二年、同じ足で押してきた。
自転車屋の人が、車輪を回して、手の甲で止めた。
「よく走りましたね」
距離を言われたのは、初めてだった。
どれくらい走るのか、と聞かれた。画面を出して見せた。日曜の夜に、アプリが週の集計を出す。先週は二百六十キロ、と出ている。
「この減り方は、もっとですね」
もう一度しゃがんだ。
去年の秋から、月に一日、枠を入れない日を作っている。十か月で、十日。
アプリの記録を遡ると、その十日には行が無い。件数も、金額も、距離も入っていない。
四月は出てくる。昼まで寝た。六月は、この自転車屋に来た。あとの八つは、出てこない。
十日という数字のほうは、指を折らなくても出る。
その夜、宿を探した。条件を一つにした。駅から歩けること。
湯のあるなしは、条件に入れなかった。
富山の、海のそばの宿が出た。七部屋。
宿のサイトを開くと、行き方の欄の頭に、星印の行が二つ並んでいた。車のナビだと違う場所へ案内されることがある。携帯のナビでも遠回りになる。
その二つ目の行に、続きがあった。
徒歩の場合は海辺の道を一直線です。
下のほうに、最寄りの駅と道の駅で連絡すれば迎えに行く、と書いてあった。
一泊二食で、一万円台の半ばだった。
いつもなら、ここでキロに直す。直すには、一キロいくらで走っているかが要る。アプリの距離で割るか、タイヤの減りで割るか。
割らずに押した。
はくたか
かがやきは新高岡に停まらない、と検索が出した。はくたかに乗る。
二時間四十分。座ったままの二時間四十分は、走る日でいうと、昼のピークを丸ごと一つとばした長さになる。窓の外が、長いあいだ山だった。
新高岡で降りて、城端線に乗り換える。三分。一駅。荷物を持ち上げて、下ろした。
高岡。七番のりば。
窓側に座った。越中中川、能町、伏木。駅の名前を、順に読んだ。
越中国分を出たところで、海が出た。

海は、窓の下のほうにあった。線路のすぐ外が石で、石の先が水だった。
雨晴。二十分。二百四十円。
一直線
降りたのは、あたしを入れて三人だった。
駅を出て、電話をしなかった。
地図を開くと、内側の道をまわる線が出た。閉じた。
海を右に置いて歩いた。道はまっすぐ続いた。
左に家が並んでいて、歩きながら、その裏を見ていた。自転車を停められる幅があるかどうか。ここでは、どの家にも幅があった。幅があるのに、自転車は一台も置いていない。
浜に人はいなかった。十月に入って、海水浴の季節は終わっている。波は小さくて、同じ間隔で来ていた。
風は、うしろから来ていた。仕事なら、いい風向きだった。
十五分。
宿の前に着いたとき、靴の中に砂が入っていた。
砂
古い家だった。玄関で靴を脱ぐと、土間に砂が落ちた。
外で、硬いものを打ちつける音がした。二度、間を置いて、もう二度。
見ると、男が段に靴の裏を打ちつけていた。踵のところを持って、底を上に向けて、まっすぐ下ろす。落ちたぶんを、足の先で外へ寄せていた。それからもう一度、履いてから、つま先で地面を二回叩いた。
あたしの靴にも、まだ入っていた。逆さにして振ると、砂が足の裏の形に散った。
部屋には風呂も手洗いも無い。廊下の先です、と言われた。部屋から手洗いまで、十四歩。
浴衣の紐が長くて、腰に二回巻いた。それでも先が余った。
窓を開けると、波の音が入ってきた。閉めると、消える。開けると、また来る。三回やって、開けたままにした。
夕食は、食事の部屋に用意してあった。

魚が出た。氷見の港から直で来ると、宿が書いていた。港からここまで何分かかるかは、書いていない。
釜飯の蓋を取ると、湯気が顔に来た。蟹が乗っていた。殻を外すのに時間がかかって、外しているあいだ、ほかのことを考えなかった。
魚の名前は、一つも聞かなかった。皿が三つ空いて、汁の椀だけが残った。
潮
夜のうちに一度、浜に降りた。
暗くて、海と空の境が分からない。波の音だけが、間を置いて来る。
翌朝、もう一度降りた。砂が湿っていて、歩くと踵から沈んだ。
宿を出て、駅まで歩いた。行きと同じ道で、同じ十五分だった。
高岡行きは、次のまでだいぶあった。時刻表を見て、ホームには上がらなかった。
駅の先へ歩いた。五分で、白い建物に出た。道の駅である。上が段になっていて、デッキに人が何人か立っていた。全員が同じほうを向いている。
向いている先には、水と、雲と、岩があった。
その岩に、女岩という名が付いている。来る前に読んだ。めいわ、と読むらしい。
見ているあいだに、寄せた波が一度その足元を消して、また出した。
駅へ戻った。ホームに上がると、すぐに列車が来た。
角まで
月曜から、また走った。
火曜は雨だった。係数が乗る。乗る日は、待ち時間が短い。置いて、撮って、次へ行く。撮った写真が、その日は四十枚を超えた。
木曜の昼、鳴らない時間があった。
いつもは、鳴るまで動かない。動くと、その距離が要らない距離になる。ビルの壁に自転車を寄せて、画面を見て待つ。
自転車を押して、一本先の角まで行った。
角に、花屋があった。前を通ったことは、たぶん何百回もある。入口が三段下がっていて、その三段に、水の跡が残っていた。桶を運んだ跡だ。
戻った。往復で、二百歩ぶんくらいだった。どこにも入らない。
自転車にまたがったとき、画面が鳴った。
受けて、こぎ出した。左足から。
