宿と小説の読みもの、余白
第 132 話

よく走りましたね

走った街を一つも憶えていない働き方から、どう降りずに離れるか

自転車一台で街を走っていて、職場も同僚もなく、休んでも誰にも報告しなくていい。子どものころ夏に預けられていた祖母は、八十代になった。

奈緒の一晩は、これで11話目。 前の一晩は『一日ぶん』、旬の料理とお湯の宿 常盤荘(宮崎県都城市)。

奈緒という語り手について →

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十日

後輪の左の肩が、平らになっている。

しゃがんで、指を当てた。右はまだ溝が立っている。押し出すのが左足だから、そっちだけ先に減る。二年、同じ足で押してきた。

自転車屋の人が、車輪を回して、手の甲で止めた。

「よく走りましたね」

距離を言われたのは、初めてだった。

どれくらい走るのか、と聞かれた。画面を出して見せた。日曜の夜に、アプリが週の集計を出す。先週は二百六十キロ、と出ている。

「この減り方は、もっとですね」

もう一度しゃがんだ。

去年の秋から、月に一日、枠を入れない日を作っている。十か月で、十日。

アプリの記録を遡ると、その十日には行が無い。件数も、金額も、距離も入っていない。

四月は出てくる。昼まで寝た。六月は、この自転車屋に来た。あとの八つは、出てこない。

十日という数字のほうは、指を折らなくても出る。

その夜、宿を探した。条件を一つにした。駅から歩けること。

湯のあるなしは、条件に入れなかった。

富山の、海のそばの宿が出た。七部屋。

宿のサイトを開くと、行き方の欄の頭に、星印の行が二つ並んでいた。車のナビだと違う場所へ案内されることがある。携帯のナビでも遠回りになる。

その二つ目の行に、続きがあった。

徒歩の場合は海辺の道を一直線です。

下のほうに、最寄りの駅と道の駅で連絡すれば迎えに行く、と書いてあった。

一泊二食で、一万円台の半ばだった。

いつもなら、ここでキロに直す。直すには、一キロいくらで走っているかが要る。アプリの距離で割るか、タイヤの減りで割るか。

割らずに押した。

はくたか

かがやきは新高岡に停まらない、と検索が出した。はくたかに乗る。

二時間四十分。座ったままの二時間四十分は、走る日でいうと、昼のピークを丸ごと一つとばした長さになる。窓の外が、長いあいだ山だった。

新高岡で降りて、城端線に乗り換える。三分。一駅。荷物を持ち上げて、下ろした。

高岡。七番のりば。

窓側に座った。越中中川、能町、伏木。駅の名前を、順に読んだ。

越中国分を出たところで、海が出た。

画像はイメージです

海は、窓の下のほうにあった。線路のすぐ外が石で、石の先が水だった。

雨晴。二十分。二百四十円。

一直線

降りたのは、あたしを入れて三人だった。

駅を出て、電話をしなかった。

地図を開くと、内側の道をまわる線が出た。閉じた。

海を右に置いて歩いた。道はまっすぐ続いた。

左に家が並んでいて、歩きながら、その裏を見ていた。自転車を停められる幅があるかどうか。ここでは、どの家にも幅があった。幅があるのに、自転車は一台も置いていない。

浜に人はいなかった。十月に入って、海水浴の季節は終わっている。波は小さくて、同じ間隔で来ていた。

風は、うしろから来ていた。仕事なら、いい風向きだった。

十五分。

宿の前に着いたとき、靴の中に砂が入っていた。

砂

古い家だった。玄関で靴を脱ぐと、土間に砂が落ちた。

外で、硬いものを打ちつける音がした。二度、間を置いて、もう二度。

見ると、男が段に靴の裏を打ちつけていた。踵のところを持って、底を上に向けて、まっすぐ下ろす。落ちたぶんを、足の先で外へ寄せていた。それからもう一度、履いてから、つま先で地面を二回叩いた。

あたしの靴にも、まだ入っていた。逆さにして振ると、砂が足の裏の形に散った。

部屋には風呂も手洗いも無い。廊下の先です、と言われた。部屋から手洗いまで、十四歩。

浴衣の紐が長くて、腰に二回巻いた。それでも先が余った。

窓を開けると、波の音が入ってきた。閉めると、消える。開けると、また来る。三回やって、開けたままにした。

夕食は、食事の部屋に用意してあった。

画像はイメージです

魚が出た。氷見の港から直で来ると、宿が書いていた。港からここまで何分かかるかは、書いていない。

釜飯の蓋を取ると、湯気が顔に来た。蟹が乗っていた。殻を外すのに時間がかかって、外しているあいだ、ほかのことを考えなかった。

魚の名前は、一つも聞かなかった。皿が三つ空いて、汁の椀だけが残った。

潮

夜のうちに一度、浜に降りた。

暗くて、海と空の境が分からない。波の音だけが、間を置いて来る。

翌朝、もう一度降りた。砂が湿っていて、歩くと踵から沈んだ。

宿を出て、駅まで歩いた。行きと同じ道で、同じ十五分だった。

高岡行きは、次のまでだいぶあった。時刻表を見て、ホームには上がらなかった。

駅の先へ歩いた。五分で、白い建物に出た。道の駅である。上が段になっていて、デッキに人が何人か立っていた。全員が同じほうを向いている。

向いている先には、水と、雲と、岩があった。

その岩に、女岩という名が付いている。来る前に読んだ。めいわ、と読むらしい。

見ているあいだに、寄せた波が一度その足元を消して、また出した。

駅へ戻った。ホームに上がると、すぐに列車が来た。

角まで

月曜から、また走った。

火曜は雨だった。係数が乗る。乗る日は、待ち時間が短い。置いて、撮って、次へ行く。撮った写真が、その日は四十枚を超えた。

木曜の昼、鳴らない時間があった。

いつもは、鳴るまで動かない。動くと、その距離が要らない距離になる。ビルの壁に自転車を寄せて、画面を見て待つ。

自転車を押して、一本先の角まで行った。

角に、花屋があった。前を通ったことは、たぶん何百回もある。入口が三段下がっていて、その三段に、水の跡が残っていた。桶を運んだ跡だ。

戻った。往復で、二百歩ぶんくらいだった。どこにも入らない。

自転車にまたがったとき、画面が鳴った。

受けて、こぎ出した。左足から。

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【雨晴】海辺の宿 女岩荘

Overview

富山県
Region
富山県高岡市(雨晴・松太枝浜)
Access
北陸新幹線で新高岡駅、JR城端線で高岡駅(1駅・3〜4分)、JR氷見線で雨晴駅(5駅・約20分)。高岡市は高岡駅から雨晴駅を「約20分」「大人240円」、氷見線は高岡駅7番のりば発と書いている。雨晴駅から宿までは約1kmで、高岡市と富山県の観光サイトは雨晴駅・道の駅雨晴から「徒歩15分ほど」と書いている。雨晴駅か道の駅雨晴で連絡すれば宿が迎えに来る
Price
予約サイトで確かめた一万円台半ば〜(1名1室・夕朝食付) 公開の情報から中価格帯(じゃらんの大人1名・1室で夕朝食付は一万円台の半ばから、1泊朝食付と素泊まりはさらに下。2026-09-22実測・日付未定の検索)

Facility

Room
全7室・すべて和室(じゃらんの基本情報。洋室0・和洋室0)。公式は「7部屋 最大宿泊数:28名」と書いている。一人の夕朝食付プランで出るのは「こじんまりとした和室」の1種で、じゃらんの表記は「※バスなしトイレなし」・禁煙。公式は「海辺の古民家宿」と名乗り、全館冷暖房・無料Wi-Fi・ウォシュレット完備と書いている
Meal
夕食・朝食とも宿が出す。公式は「氷見港直送の海の幸」。夕食は4つのコースから選ぶ(A海浪漫・B味自慢・C大盤振舞・D贅沢三昧)。公式はこのほかに「【春限定】ほたるいかコース」「【秋限定】紅ズワイガニコース」「【冬限定】寒鰤コース など」を挙げている。じゃらんのクチコミは夕食が5.0・朝食が4.6(185件)

宿タイプ

  • 海辺の宿
  • 古民家の宿
  • 小規模宿

向いている人間

  • 一人で一泊二食を取りたい人(じゃらんの大人1名・1室で夕朝食付のプランが出る。いちばん安いものに早割・直前割・季節の条件が付かない)
  • 車を持たずに行きたい人(雨晴駅から約1km・徒歩約15分。駅か道の駅で連絡すれば迎えも来る)
  • 海のそばに泊まりたい人(じゃらんは「ビーチまで徒歩5分以内」と書いている)
  • 宿の数が少ないところがいい人(全7室)

向いていない人間

  • 温泉に入りたい人(じゃらんの基本情報は温泉「無し」。風呂は内湯が男女に一つずつと、完全予約制の貸切風呂)
  • 露天風呂に入りたい人(露天は男女とも0)
  • 部屋に風呂とお手洗いが要る人(一人のプランで出る和室は、じゃらんの表記で「バスなしトイレなし」)
  • 宿でアメニティを揃えたい人(じゃらんの一覧でドライヤー・バスタオル・羽毛布団・くし・ブラシ・リンス・パジャマが×)
  • 乗り換えを少なくしたい人(東京からは新幹線のあとに城端線と氷見線で二度乗り換える。氷見線の下りは1日17本で、昼は間が空く)

予約前の注意事項

温泉ではない(じゃらんの基本情報が温泉「無し」)。露天風呂は男女とも無く、風呂は内湯が男女に一つずつと、完全予約制の貸切風呂。一人の夕朝食付プランで出る部屋は「こじんまりとした和室」の1種で、じゃらんの表記は「バスなしトイレなし」。ドライヤーとバスタオルは置いていない。送迎は雨晴駅か道の駅雨晴で連絡してから。チェックインは16時から、チェックアウトは10時まで。ほたるいか・紅ズワイガニ・寒鰤のコースは季節限定で、取れる時期が決まっている。氷見線の下りは1日17本で、昼は列車の間が空く。定期の「かがやき」は新高岡に停まらない。料金は読むたびに動くので、予約の画面で確かめること。

一人の部屋の知らせ

一人で取れる部屋が出たとき、一通お知らせします。
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