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残っている日
十月の暦は、第二月曜に一つだけ色がついて、下旬はどこにも色がない。
上期の締めで、人事の仕組みから通知が来た。有給の残りが十四日。うち五日は、年度内に取らないと消える、とある。消える、という書き方だった。
平日に一日、取ることにした。火曜にした。
前に一人で泊まったのは初夏で、四か月前になる。
夜、予約の頁を開いて、人数のところを二名から一名に替えた。
六件になった。
二名のときより二件少ない。残った六件は全部、夕食と朝食が付いている。部屋は一種類しか出てこない。川の見えるお部屋、とある。風呂なし、トイレなし、と小さく添えてある。二名に戻しても、部屋はその一種類のままだった。減ったのはプランの本数で、部屋ではない。六件のどれにも、あと二部屋、と出ていた。
いちばん安いのが一万五千二百円。二名の側では、同じ部屋の同じプランが、一人あたり一万五千円だった。
二百円である。
一人で行くことに、二百円の値がついている。それだけが違って、あとは同じだった。
空室の並びを、月の表で見た。土曜と日曜は、ひと月ぶんすべてに×がついている。残っているのは平日で、火曜に二部屋あった。平日のほうにだけ、数がある。
別の窓口も開いてみた。そちらは人数が二名から下へ動かなかった。寝具を必要とする方が二名から、と書いてある。
一万五千二百円のほうを押した。奈良県の南の端にある村で、鉄道は来ていない。
翌日の昼、同僚が、来週どこか休みますかと聞いた。
火曜です、と答えた。
どこか行くんですか、と続いた。
ええ、と言った。それで終わった。向かいの机に、子どもが二人写った写真が立ててある。去年の夏に増えた一枚で、きれいに撮れている、と前に言ったことがある。思ったから言った。
休暇の申請には、理由の欄がある。私用、と打った。いつもそう打っている。母のときは、介護、と打っていた。あのころ、続きを聞かれたことはない。
大和八木から
新幹線で京都へ出て、京都で近鉄に乗り換えた。
大和八木の南口に、バスが一台待っていた。十一時三十八分発。この駅から村へ行く便は、九時十五分、十一時三十八分、十三時三十八分の三本である。宿の迎えは十五時からの対応だから、朝の便では着くのが早すぎる。夕方の便では、暗くなってから着く。
真ん中の一本だった。
全長は百六十九キロで、停留所は百六十八ある。高速道路を通らない路線では、これがいちばん長いと、事業者が書いている。
五条で十分ほど停まった。上野地では二十分で、吊り橋を見に行く人が何人か降りた。私は座っていた。
窓の外は、途中から川になった。右手に谷があって、斜面の上のほうだけ色が替わっている。下のほうはまだ緑で、境目が水平ではなく、斜めに引かれていた。山は上から順に替わっていく。

十六時十四分に十津川温泉で降りた。
山水
バス停に車が来ていた。谷をもう少し行った先に、九室の宿がある。
部屋は川のほうを向いていた。風呂はない。トイレもない。障子を開けると、下に川があって、音が上がってくる。
夕食は個室だと、頁に書いてあった。この宿は、客を同じ部屋に並べない。
湯へ行った。硫黄の匂いがする。別の窓口の施設の欄には、源泉かけ流し、と、加水あり、が並べて書いてあった。薄めていることを、自分のほうから書いている。
露天は川に向いていた。浴槽は全部で八つあるというが、私は露天と、星の見える寝湯に入った。目を閉じると、水の音と、葉の音が別に聞こえた。
湯から出ると、廊下の突き当たりに窓があった。窓際に男がひとり立っていて、小さな手帳に何か書いている。私が通ると、書く手は止めずに、少し身を引いた。
一人分
個室は襖で仕切ってあった。
膳が一つ、部屋の真ん中ではなく、窓のほうに寄せて置いてある。向かいには何も置いていない。
人数を言う場面が、この宿には一度もなかった。

郷土の料理、と頁には書いてあった。運ばれてきたものの名前は、聞かなかった。
食べながら、二百円のことを思った。
一人で来ると二百円高い。その計算は正しくて、どこにも間違いがない。間違いのないものに、私は言い返す気になれない。
会社の申請には理由の欄がある。年賀状には近況を書く行がある。親戚は、集まると聞く。どれも請求書のように届いて、どれも、払えば静かになる。私用、と打てば通る。
ここでは、誰も聞かなかった。
障子の向こうで、川が鳴っていた。音は一晩、同じ強さだった。
書かなかった
朝、障子を開けると、谷に霧があった。山の色が、昨日より少し下まで来ているように見えた。見えただけで、一晩で動くものではない。
朝食も個室だった。膳は、夕食と同じ側に寄せてあった。
十時に部屋を出た。帰りの便は十二時十四分で、二時間と少し余った。バス停の近くに腰を下ろして、谷を見ていた。
十一月の暦を、頭の中で開いた。色のつく日が二つある。どちらも、私が休みを取る日ではない。
東京に戻った。
次の朝、来月の休みを一日、申請に入れた。十一月の、色のついていない火曜である。
理由の欄に、私用、と打った。それから、一字ずつ消した。
空のまま送信した。通った。
欄は、空でも通る欄だった。それを、今日まで知らなかった。
