宿と小説の読みもの、余白
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「文化財の宿」と書いてあっても、部屋がそうとは限らない。

その「文化財の宿」という言い方の正体から、話を始めます。そう書いてあると、建物のぜんぶが古いのだと読めます。玄関も、廊下も、泊まる部屋も。

登録は、宿には付きません。

棟に付きます。

国の登録有形文化財は建造物を一件ずつ登録する制度なので、記録に残るのは宿の名前ではなく棟の名前で、本館、玄関棟、渡り廊下、というふうに並びます。

泊まるときに、この違いが出ます。「文化財の宿に泊まる」ということは起きません。起きるのは、登録された棟の部屋を取るか、取らないかです。

登録という制度

登録は、平成八年に始まりました。築五十年以上で歴史的な価値があると認められた建造物を、国が登録します。指定ではなく、登録といいます。

指定文化財が現状変更を強く制限するのに対し、登録有形文化財は改修しながら使い続けられます。外観を大きく損なわなければ、内部に手を入れて営業してかまいません。

泊まれるのは、そのためです。使いながら遺す制度だから、客室として使われている棟があります。

登録された年が書ける

1996年から2014年まで、五軒。登録の年の順に並べてあります。

いちばん早い会津東山温泉 向瀧は1996年の登録で、旅館として日本で最初の国登録有形文化財であり、庭のほうは別に国の登録記念物になっています。

文化財の宿 新井旅館は明治から昭和初期の木造棟15件が1998年に登録され、客室の「花の棟」と「あやめの棟」がその中に入っています。法師温泉 長寿館は本館と法師乃湯と別館の3棟が2006年、下呂温泉 湯之島館は昭和6年築の本館と玄関棟と渡り廊下が2010年、城崎温泉 三木屋は昭和2年築の木造が2014年です。

この軸で選ぶと、予約の画面で見る欄が変わります。宿の名前で決めるのではなく部屋タイプの一覧から登録された棟に属する部屋を選ぶことになり、価格帯にも評点にも、その夜に寝る建物が何年に建ったものかは書かれていません。

八軒は、その棟をいまも客室として使っている宿です。見学のための建物ではないので、廊下の幅も階段の勾配も、建った当時のままのところがあります。

そして棟には、登録された年が付いています。古さは宿の側の言い方で決まりますが、登録年は記録で決まります。ただし、その記録に手が届く宿と、届かない宿があります。

分けたのは、そこです。

登録された年が取れていない

登録有形文化財であることは書かれています。何年に登録されたかが、書かれていません。

三軒とも、予約ページと公式の記載に、登録の事実だけがあって年がありません。

年は補いません。それらしい年を置けば表は揃いますが、揃ったぶんだけ、上の五軒の年が軽くなります。

登録された年を知って泊まりたい読者には、この三軒は向きません。旅館花屋・高志の宿 高島屋・名泉鍵湯 奥津荘は、登録有形文化財であることは確認できますが、登録の年は予約ページにも公式にも記載がありません。

登録されているのは、棟である

宿の全部が文化財なのではありません。

旅館花屋は約6,500坪の敷地に建つ木造約1,500坪のうち約8割が登録有形文化財で、高志の宿 高島屋は江戸期の庄屋屋敷を本館に活かしたもの、登録有形文化財の宿 名泉鍵湯 奥津荘は本館です。

案内の書き方が間違っているのではありません。登録された棟はそこにあって、その棟の部屋で寝るかどうかは、宿の名前ではなく、予約の画面に並ぶ部屋タイプのほうで別に決まる、というだけのことです。

決まるのは、寝る建物の年だけではありません。文化財の宿 新井旅館の客室棟の多くは1899年から1935年の木造で、法師温泉 長寿館の本館8畳は明治の建築で、室内に風呂と手洗いがありません。夜中に目が覚めたら、廊下へ出て歩くことになります。

会津東山温泉 向瀧の全24室は木造の和室で、間取りが一部屋ずつ違います。間取りが違うということは、畳の枚数も、窓がどちらを向いているかも、部屋ごとに違うということです。

階段の勾配も、建った当時のままのところがあります。膝に来る人は、部屋がどの棟のどの階にあるかから確かめることになります。

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ここに並ぶのは各宿の掲載ページと公式の記載にあった事実で、現地で変わっていることはあります。

古さの測り方はひとつではありません。年で測るなら創業した年が分かる宿、その建物に誰が泊まったかで見るなら書いた人が泊まった宿があります。

台帳に書かれていないこと

登録の年は数えられます。築年も数えられます。何件登録されているかも数えられます。

数えられないのは、その建物が今日も宿である、ということのほうです。

見学の建物では、人は通り過ぎます。泊まる建物では、人は眠ります。

台帳に書いてあるのは、いつ建ったかまでです。柱の角が手で撫でられて丸くなっていることも、朝の光が障子のどの高さから入ってくるかも、そこには載りません。

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そこで目を覚ました朝のことは、どこにも記録されません。

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