古さを、年で言える宿
宿として開いた年が数字で記録に残っている八軒です。元禄7年(1694年)の積善館から明治35年(1902年)の湯之元温泉まで208年の幅があり、その年は価格帯の欄にも地域の欄にも評点の欄にも出てきません。屋号の年と、そこで布団を敷く建物の年は別で、皆美館は明治21年の創業ですが客室の一部は2024年7月に新しくなっています。
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八軒の創業は、元禄七年(一六九四年)から明治三十五年(一九〇二年)まで、二百八年の幅がある。屋号が古くても、泊まる部屋まで古いとは限らない。
分ける物差しは、宿として開いた年です。老舗、という言葉は便利です。古いことを一語で伝えられて、どれくらい古いかは言わずに済みます。「江戸時代創業」も「約六百年」も、その仲間で、どちらも隣の宿と並べたときに動きません。年が入っていないからです。価格帯の欄にも、地域の欄にも、評点の欄にも、その宿が何年から客を泊めているかは出てきません。八軒は、開いた年が数字で記録に残っている宿です。年で書けないものは、この軸に入れていません。
二百八年は、幕府が二度替わり、湯を引く道具が桶から管に替わり、客が歩いて来る時代から列車で来る時代に変わるだけの長さで、それでも一覧の上では両端とも「老舗」の一語に収まってしまいます。分けたのは、開いた元号です。
江戸のうちに開いた
元禄七年から慶応元年まで、四軒。いちばん古い積善館と、いちばん新しい大丸別荘のあいだには百七十一年あり、そのあいだに元号は十五回替わっていますが、四軒とも幕府があるうちに開いた宿として同じ群に入ります。
- 積善館(佳松亭・山荘) 群馬県吾妻郡中之条町四万(四万温泉)
創業は元禄7年(1694年)。八軒でいちばん古い宿です。山荘は桃山様式を用いた国の登録文化財。
東京から約3時間 一人 三万円台半ば〜(1名1室・夕朝食付)
小説を読む PRじゃらんnetで空室を見る(外部サイトが新しいタブで開きます) PRExpediaでも空室を見る(外部サイトが新しいタブで開きます)選評の八ページを、三回読んだ人がいる。— 蓮|三百年、途切れずに
- 金沢・深谷温泉 元湯石屋 石川県金沢市深谷町(深谷温泉)
創業は寛政元年(1789年)。館内に大正期の能舞台と、宮大工が手掛けた書院があります。
東京から約3時間 一人 四万円台後半〜(1名1室・夕朝食付)
小説を読む PRじゃらんnetで空室を見る(外部サイトが新しいタブで開きます) PRExpediaでも空室を見る(外部サイトが新しいタブで開きます)最終候補の五編に名前がなかった、と書く人がいる。— 蓮|型のある家で、型のない字を
- 秩父七湯「御代の湯」 新木鉱泉旅館 埼玉県秩父市(秩父七湯)
創業は文政10年(1827年)。8畳間の一部を「180年前より残る」とプランに明記しています。
東京から約2時間 一人 一万円台半ば〜(1名1室・夕朝食付)
- 大丸別荘(二日市温泉大丸別荘) 福岡県筑紫野市(二日市温泉)
創業は慶応元年(1865年)。3,500坪の庭に、大正・昭和・平成の建物が分かれて立ちます。
東京から約5時間 一人 三万円台半ば〜(1名1室・夕朝食付)
年が数字で入っていると、四軒は並びます。「江戸時代創業」と書いてある宿は、この四軒のどこに入るかが決まりません。
明治に開いた
明治六年から明治三十五年まで、四軒。二十九年のあいだに集まっています。
鉄道が延びて、外から人が来るようになった時期と重なります。日光金谷ホテルは現存する日本最古のリゾートクラシックホテルとして外から来る客のために建った宿で、本館のほか四棟があり、開いた年がそのまま建物の性格になっています。
- 日光金谷ホテル 栃木県日光市(上鉢石町)
創業は1873年(明治6年)。現存する日本最古のリゾートクラシックホテル。4棟が2005年に登録。
東京から約2時間 一人 二万円台半ば〜(1名1室・夕朝食付)
- 小川温泉元湯 ホテルおがわ 富山県下新川郡朝日町湯ノ瀬(小川温泉元湯)
創業は明治19年。湯が見つかったのは1617年で、宿になるまでに269年あります。
東京から約3時間 一人 二万円台後半〜(1名1室・夕朝食付)
小説を読む PRReluxで空室を見る(外部サイトが新しいタブで開きます) PRExpediaでも空室を見る(外部サイトが新しいタブで開きます)早期退職して一年二か月、手帳の右側が空いている人がいる。— 克彦|十八時に閉まる湯
- 皆美館 島根県松江市末次本町(松江しんじ湖温泉)
創業は明治21年(1888年)。宍道湖を臨む日本庭園を持つ全19室。
一人 三万円台後半〜(1名1室・夕朝食付)
- 湯之元温泉 宮崎県西諸県郡高原町(霧島山麓)
創業は明治35年(1902年)。高原町で最も古い温泉と観光協会が記載しています。
東京から約5時間 一人 一万円台前半〜(1名1室・夕朝食付)
宿の年と、部屋の年は違う
創業年は屋号に付きます。建物には付きません。
屋号と同じ古さの建物で眠りたい読者には、大丸別荘は向きません。慶応元年に開いていますが、庭に立つのは大正と昭和と平成の建物で、代表として案内される昭和亭は昭和四十五年に建った平屋です。屋号の年と、そこで布団を敷く建物の年のあいだには、百年以上の開きがあります。平屋なので、部屋まで階段を上がることもありません。
皆美館は明治二十一年の創業で、客室の一部は二〇二四年七月に新しくなりました。二〇二四年に手を入れた部屋で眠りながら、明治二十一年から続く屋号の宿に泊まっていることになります。
湯が見つかった年と、宿になった年がずれている宿もあります。湯之元温泉は天明四年に湯が見つかり、宿として開いたのは明治三十五年で、そのあいだに百十八年あります。小川温泉元湯にいたっては、湯が一六一七年、宿が明治十九年で、二百六十九年空いていて、湯が湧いてから、そこに宿ができるまでに、それだけの年月が流れたことになります。
古い宿を探すとき、探しているのが屋号の年なのか、建物の年なのか、湯の年なのかは、たいてい自分でも決めていません。決めてから探すと、行き先のほうが変わります。

年のほかに、来歴の見方は二つあります。棟の登録で見るなら文化財の棟で眠る宿、泊まった人で見るなら書いた人が泊まった宿があります。
三百三十二年と、一晩
元禄七年から数えて、積善館は三百三十二年目になります。
その数字は台帳に残ります。何度建て替えたか、どの棟がいつ登録されたかも、調べれば出てきます。
出てこないのは、廊下のどこが鳴るかです。三百年ぶん踏まれた板のどこが沈み、どの敷居が磨り減って靴下の裏に引っかかり、どの角の柱だけが手の脂で色を変えているかは、台帳のどこにも書かれず、歩いた人の足の裏と掌にしか残りません。

泊まるのは、そのうちの一晩です。